旧堺市内の桜之町西3丁に「海船政所跡」という石碑があります。七道駅の近くです。
阿波徳島からやってきた戦国大名の三好一族(元長や長慶)が拠った城館として知られていますが、実は「堺幕府!」の拠点だった所なのです。
1527年、三好元長は軍事力で京や摂河泉を押さえ、堺の財力と組んで、16歳と13歳の少年を将軍や管領として擁立し、堺公方と呼ばせました。もちろん京には幕府も将軍も存在せず、堺の海船館や顕本寺に居た三好元長の「堺幕府」だけが存在しました。
この堺幕府は5年間続きましたが、三好元長は顕本寺(今の開口神社付近)で十文字腹切りをするハメに遭います。しかし、息子の三好長慶がほぼ畿内全域を支配し、1553年からは将軍の公文書である裁許状を発行しました。高槻の芥川山城や河内の飯盛山城に軍事拠点を置きながら、堺の財力と結び、天下に覇を唱えたのでした。
こんな堺幕府を樹立し、信長の上京する前の約20年間、天下の覇者だったのが三好一族であり、そのバックが堺の商人たちであり、その城館・居館が海船館だったのです。
堺の有名寺院の南宗寺は三好長慶の寄進であり、妙国寺はその弟の三好実休義賢の寄進によるものです。
そんな海船政所跡や南宗寺、妙国寺などを巡るウオーキング「堺幕府のあった堺周遊」が、2月12日(日)に行われます。午前9時半、神明神社(堺駅南側)集合で、参加費無料です。主催が南海電鉄と泉北高速、後援が朝日新聞で、案内が筆者の桧本です。抽選で100人の方に景品が当たりますので、弁当持参で早春の一日を「堺幕府を訪ねるウオーキング」で楽しんでください。
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海船館跡(海船政所碑)
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